中途半端に善悪を掲げないという選択

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「~だと思うから、
もっとこうしたほうがいい」

職場の人が指示通りにできていないときや、
子どもが何かをしているときに

「それ違うでしょ」

と思う瞬間、
よく言っていた言葉です。

ですが最近、
「幸せになる勇気」を読んで

「自分の中にも善悪で判断する癖がある」

という気づきがありました。


本との出会い:引っかかった言葉

この本を読んでいて

「悪いあの人、かわいそうなわたし」

という言葉が目に止まり、
まず最初に引っかかりました。

「あの人がこうしたから、
自分が忙しい目に合っている」

など、
思い当たる節がいくつもあり、
読んでいてこの考えは、
自分にもかなりあると気づきました。

そう思ったとき、
ページの手が一度止まるぐらい
ドキッとして、
少し恥ずかしくなったのを覚えています。


過去の自分:正しさで動いていた

正直私は今まで
叱る・正す・教える
というやり方が正しいと思っていました。

でもそのやり方は、
賞罰で動かそうとしているだけで、
言われたほうは
権力に服従しているだけだったのかもしれません。

少しずつ本を読み進めていくうちに、
「こんなふうに教育したり、叱ったりしてたな」
と振り返っていました。


学び:賞罰・権力・自立の話

私の中で、
すごく「なるほどな」と思ったことがあります。

教育とは、自立を促しサポートすること。
権力で従わせるのは違う。
賞罰では競争が生まれてしまう。

これらを目にしたとき、
私の今までのやり方では

「本当の自立につながらないのかもしれない」

と感じました。


大きな気づき:「中途半端な善悪」

読み進めていく中で、
さらに気づいたことがありました。

それは、
自分は正しいと善悪を掲げてしまうと、
他者の意見を聞けなくなるということです。

この言葉を読んだとき、
すぐに過去の光景が浮かびました。

仕事や家庭でも、
自分のやり方が正しいと決めつけてしまい、

そのやり方と違う方法をされたときに
批判したくなったり、
イライラしてしまうことがあったことです。

そんなことを思い出すと、
なんだか気持ちが落ち着かなくて、
コーヒーが空になったことにも気づかず
口にカップを運んでしまいました。


自分への気づき:自立とは何か

「自立とは自己中心性からの脱却」

この言葉を聞いて思ったことがあります。

恥ずかしながら私は、
41歳になった今でも
自立できていないかもしれないと感じたことです。

今までの人生の中で本当は、
親に認められたかった。

だから親の前では、
明るく振舞ったり、
仕事での成果をよく話していたのかもしれません。


変化:関わり方をどうするか

この本を読んだことで、
私の考え方にも変化がありました。

相手をコントロールしようとしないこと。
相手を一人の人として尊重すること。
相手に関心を持ち、対話すること。

最近では、
子どもにあれこれ言うのではなく、
そっと「横にいる」ことを意識しています。

そして子どもの日頃の言動に目を向け、
関心を持っていくようにしています。


結論:どう生きるか

「尊敬、信頼、交友」
これら3つは繋がっていると学びました。

尊敬とは、
従順になることではありません。

信頼することが不安だと思うのは、
対人関係を築こうとしていないだけ。

「手を差し伸べなければ手を繋げない」

この言葉を聞いて、
寄り添ったり、サポートからでも始めることは
大切なのかもしれないと感じました。

そして結婚をして妻がいる私は、
自己中心性から脱却し、

「人生の主語を私から私たちへ」

変えていきたいと思います。

だから今日も、
相手を一人の人として向き合いたいと思います。

「運命は自らの手で作り上げるもの」

この言葉を思い出しながら、

歩み続ける勇気をもって、
少しずつ一歩を進んでいきたい。

そう思いました。

長い記事になってしまいましたが、
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

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